いろいろと考えるに、今は「片付けられなくて当たり前」の時代だと思う。
そんな時代に生きる私達が目指す「片付け術」とは?
竹内的にこの問題に対して結論を先に言うなら「まんなかを目指す」って事かな。
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おはようございます!
脱力系ライフオーガナイザー
徳島お片付けラボ
エクリュプラス竹内真理です。
サンキュ!掲載を期に、収納特集や片付け収納のプロの発信を
過去一いろいろと見ている私。
サンキュ編集部さんが言うように、
今のママたちは、だんだん「映え」すぎる収納に対して
疲弊してきているのか。
本当に空気感が変わってきているのか、そこが知りたかった。
そんな中、見つけたのが
片付け界の重鎮、かたづけ士・小松先生のこちらの記事。
☟
https://toyokeizai.net/articles/-/100622
「片付けは人生をより良く生きる手段」
という小松先生の話は、いろいろと腑に落ちるモノがあり、
今
今はやはりみんなが目指す方向が
少しベクトルがズレすぎているのかなとも思える。
私はライフオーガナイザーとして、
ライフオーガナイズの考え方が好きだし、
資格を取ったときは「これこそが私の求めていた答えだっ」
と思ったけれど
進むルートは違えども、
どの片付けのプロも
追求すればここに至るのかもしれない。
実は、どの「片づけ論」も片づけそのものよりも、片づけたあとの「生き方」が大事なことなのだと説いているのです。片づけとはあなたが、「あなたにとっていい人生」を過ごすための手段です。
「片付けが人生と直結する」
これ、大概の人に「へ?」と言う顔で受け止められて、
全く真意が伝わらないから
つい自分のほうが変な事言っているのかと思ってしまうが、
そうじゃないみたいだ。
ちなみに、
かの安東先生も、こんなキュートなブログを書いていらっしゃる。
☟
安東先生ははっきりとした物言いが、
「the・先生」って感じで、以前読んだ
「えっ💦そんなきびしい💦」と思ったけれど
改めて読むと、「確かに」と思う一面もある。
本当に「家事」に対する発言は難しいのだ。
みんな自分「答えを教えて」と簡単に言うけど
ちょっとでも自分の価値観と違う事を言ったら
めちゃんこ反発するんだもんなー。
その人の生きてきた中で培われたプライドがあるからね。
そんな、みんなの価値観に当てはまる事なんて、
言えるわけないでしょ。
■「片付けたい人だけが片付ければいい」世界のこんまりさんも言っている事はほぼ同じ
こちらも結構面白かった。
なんせ成田さんがかわいらしい。
いや、そこじゃなくて
こんまりさんの独特な感性と
「アメリカではこんまりさんの本は哲学コーナーに置かれている」という話とか
いろいろな意味で面白かったかな。
片付けは人に押し付けてはだめだ、という至極ごもっともなスタンス。
こんまりメソッドが爆発的に広まったけれど、
それによって誤解したままメソッドを実行したもかなりいただろう。
こんまりさんも
「言っている事が正確に人に伝わる事はとても難しい」とおっしゃっているように
ときめきお片付けをはき違えて、ただ妄信して、
服を捨てて、また服を買いなおす・・・という部分だけを切り取って、
私も、内心あれこれ思ったものだが、
結局は「受け取り手」の私達読者が、ちゃんと自分の頭で考えていればそんな事にはならなかったはずなのにね。
ほんとごめんってかんじ。
■多すぎる情報を上手に受け取るための空手の極意「薄目で世界を見る」
これまた妙な例え話を持ってきて、
より一層伝わらないんじゃないかと思うんだけど
空手ってあるじゃん。
私の経験からして
空手の組手(練習試合みたいなもの)をするときは、
相手の事をガン見して集中したら、なんか負けるのよ。
それよりは、「薄目」で相手を含めた
世界全体をぼーんやり把握するような感じで
力を抜いて立っている方が
相手の出方を見て上手に動けたりするものだ。
必死で力をいれて頑張ろうとするほどに、
謎に視野が狭くなり、全体を捉える事が出来なくなる。
これって、いろんな事に当てはまるんじゃないかと私は常に思ってる。
今、片付け特集とか、収納Instagramを、
なんとか片付けたいという思いで必死に読み込んでいる人がいるとするならば、
それは、
「組手、怖い。相手がこう来たら、こう返してやる・・」と頭で必死に考えている間に
間合いを詰められて一発KОされた私のようになっちゃっている可能性がある。
まあ、なんか余計な事を話してもーたけれど、
つまり言いたい事は
片付けは、
それくらい力を抜いた状態で
ほどほどなスタンスで対峙するのがベスト
と言う事よ。
片付いていなくても、平気な人もいる。
全然それでいいと思う。今はそんな気分なんだから、そんな自分を抱きしめてあげればいいと思う。
モノに囲まれて静かに深海に潜っていたい…みたいな気持ちになっているのかもしれないしね。
そんな人はこんなブログをよまないだろうが
家族にそんな人がいるとしたら、
受け入れて見守ってあげるのも一つの手だと思うよ。
断捨離も、
こんまりメソッドも、
100均収納術も、
一日一個捨てでも、
三日片付け祭りでもやってみる事が大事だが
「それが正義だ」みたいに妄信しちゃだめだ。
苦しくなったら
その苦しさをまずは分析する必要があって
それが
誰かのやり方を必死で守ろうとして辛いのか
人の目を気にして辛いのか
出来ない自分を責めて辛いのか
家族の片付けが許せなくて辛いのか
そんな「何か」に一点集中して頑張っている自分から
ぼんやり力を抜いて薄目で情報をとらえつつ
「ほどほどを目指す」という目標に置き換えてみたらどうかというのが
今回の提案です。
やりすぎない。やらなすぎない。
だいたいの正解は、いつも「ほどほど」の、真ん中へんにあるものだ。
でも、どこら辺を「真ん中」ととらえるか・・・は、
あなた次第。
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