片付けは、どこかに正解があって、それを誰かに教えられるようなものではなく、
一人ひとりの「生き方」そのものだ。
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お久しぶりでございます。
ブログ投稿の頻度があまりにもランダムすぎる自由人、
徳島お片付け研究所所員、エクリュプラス 竹内真理です。
はっと気がつけばすでに7月。
巷で噂だった2025年7月5日も
無事に何事も起きず本当に良かった。
「いやいや、たかが予言。地震とか起きるわけがないじゃんよー」
と強がりつつも
何気に南の方で本当に地震が頻発していて
内心、微妙にビビっていた私。
だから朝起きて何事もなく朝日を浴びることができて
「うわー、良かったあー」と、
思わず友人と早朝に大麻神社に御礼を言いに行ってしまった。

で、
この10年間のうち
過去最高のブログ長期休みをとっていたこの1ヶ月くらい
私が一体、何をしていたかというと
ただただ、今年度から
新しい勤務地を合わせて三つの学校を兼務するにあたり
元々脳内キャパ少なめな上に
老化による機能低下も相まって、

こんな感じ
とてもブログを書く余力が生まれなかった・・というだけで
別に闇堕ちしていたとか、
体調不良とか言うわけではございませんでしたので
ご心配なく。
とか言いながら、
「前回って、何書いたっけなー」
と過去記事を読んだら
超絶激おこ記事で自分でぴっくり💨
「めっちゃ偉そうやな、自分。」と自分で自分につっこんでしまったわ。
でもまあ、書いてあることは
嘘偽りのない私の内面の「本音」ではある。
結局、言いたいことは
「いつまでもぐずぐずと片付けに悩んでる場合じゃない」
ってことなんだよね。
「片付けに悩む」と言う悩みは、
単なる、あるあるの奥様ネタや、
個人的な能力の差で済まされる話ではなくて
もしかしたら、現代に仕掛けられた大きな仕掛けの一つなのかもしれない。
と、私はほぼ90パーセント本気で思っている。
例えば、今思いつく限りでも
・家事という仕事に対する社会的地位の低下
・「大量生産・大量消費」資本主義社会の歪んだ構図
・「共働きが当たり前」だけど「家事は女の仕事」時代の狭間でキャパオーバー
・Instagramなどによる影響を受けた「高すぎる理想」と「自己否定」
などが挙げられる。
一つ一つがとても大きくて深い問題だ。
「片付け」と一口に言うけども、問題は非常に複雑なんよ。
とうてい「こうすれば片付く」的な簡単な解決策があるようなもんじゃない。
では、その問題の解決に必要なものは何か。
色々考えた挙句、私の脳裏に浮かんだのは
私たち一人ひとりの「覚悟」
じゃないかって思った。
片付けられない理由をあげようとすれば、無限に沸いてくる。
欲望にも限りはない。
どんなに頑張ってもお金が発生しない家事に、
やる気が湧かない気持ちもわかる。
でも、そんなん「やれない」理由としては弱すぎるんよ。
↓と、もう一度、激おこ記事のリンクを貼る。
そんな次元にいたのでは、
おそらく「片付け」の問題からは
一生逃れられないと思うんだ。
で、そういう構造に気が付いてからは、
私は「片付け」の仕事に少しずつ限界と疑問を感じるようになった。
数年前までは
どうしたらこの袋小路から抜け出せるのかのイメージが
頭の中にはあったものの
どうにも理想と現実が繋がらなかった私だけど
でもね。
最近は少し世の中が変わってきていると思っていて
暗闇の中に、小さな光を見つけたような気持ちになっている。
何かが変わり始めている。わくわく✨

多分、私たちは今まで
「本当に大切なこと」に目を向けないように
されてきたんだと思うよ。
「家庭」と言うものも
「家事」と言うものも
「家族」と言うものも
ほんとうは私たちにとって、最も大切な中核となる要素だった。
「国」を構成する最小単位が「家」。
家族は国にとって、一つ一つの細胞なんだ。
だから、そこが揺らげば、国も揺らぐ。
「暮らしを整える」と言うキーワードは
決して呑気な主婦の綺麗事なんかじゃないんだよ。
もっともっと、今、みんなが思う何倍も、大切なことなんだ。
だから、
「家」を最適化することの本当の意味を、
先ほどあげた四つの要素を紐解きつつ、
これから一つ一つ考えていこう。
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