明確なゴール設定ができている人には絶対に敵わない。
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おはようございます!
復刻手描きパース
エクリュプラス竹内真理です。
先日、暇すぎて病みそうになり突如やまのぼり修行に出かけた話の続きになるんだけど
前回の話はこちら↓
つくづく思ったのは「ゴール設定の大切さ」についてだった。
いやー、そう考えたら、
山登りの最中に、結構色々考えてんなー、私。
そもそも、頭を空っぽにするために登ったはずなのに・・・
相変わらず、エゴのお喋り・思考過多な私。
で、今回実感したのは「ゴール設定の大切さ」だということだ。
まず、私の今回のゴール設定は
「とりあえず一人で大麻山に行ってちょっとでも登ってみる」であり、
「頂上を目指す」ではなかったということだ。
というのも、前回途中で挫折した上、
帰ってから足の筋肉痛にひどく悩まされたこともあり
「無理は禁物」と思っていたし
私には一人で行くだけでもハードルが高いと思っていたから
あえて低い設定で臨んだんだ。
だからこそ
上り始めてすぐに
「いつやめようかな」
「キリのいいところで引き返そう」ということばかり考えて
途中で出会うオジイ達に「引き返すチャンス」をもらいたくて話しかけていたという一面もあるのだ。
「いつでもやめれる」
「頂上に行く必要はない」
「この程度で私には十分だ」
という、この低いゴール設定が、
気が楽でもあり、
しかし
常に「いつやめる❓」という心の声と戦う状況を引き起こしてしまっているな、と気がついた。
🔳休めるバイトほど休みたくて苦しくなる
そこで思い出したのは、昔一緒に働いていたおばさんの話だ。
そのおばさんは、めちゃ仕事できるし
なんなら交通事故を起こしたのに、
「私が休んだら、みんなが困るからっっつ」と
警察官を振り解き血みどろでやってくるくらいの責任感の強い人だった。
しかし、そのおばさん、
昼のバイトは常にサボりたいサボりたいと悩んでいた。
なぜなら、昼のバイトは、
「言えばサボれる」というバイトだったからだ。
うちらのやっていた夜の皿洗いのバイトは
一人が休んだらもう続行不能となるくらい休めないバイトだった。
だからある意味、
「休もうかな」なんて思考は毛頭浮かばない状態だからこそ
腹が決まって、逆に楽だったんだ。
そう。「いく」と決めて、動かしようがない場合
人は案外、思考停止でそれをする。
無駄に悩まないから無駄にエネルギーをロスしないんだ。
逆に、どんな大変なことも
「私がやらないといけないんだ」と
責任を感じ覚悟を決めたら大概はやれると思う。
どんな高い山でも、
「頂上にあるお札を取りに行かなきゃ死ぬ」
というくらいの確固とした目標があれば、
私だって足を引きずってでも
淡々と登ったに違いない。
いかに「決めるか」なんだ。
「覚悟」なんだよ。
そして「覚悟」=「目標」とも言えるかも知らん。
これ、私に一番欠けている要素かも知れない。
🔳子を産む「覚悟」
ちょっと話はズレるが
生徒が児童虐待の話をきいて「親としての覚悟が足りない」と書いた・・という話を
どこかでしたかと思うんだけど
ほんと、その言葉にはどきっとしたのよね。
子育ては大変だから・・・弱音を吐いてもいいんだよ
誰かに助けてと言っていいんだよ・・・みたいな
寄り添い系の話は良くするが、
「親としての覚悟を持て」とはなかなか言い難い。
でも、その「覚悟」を持つことこそが
実は子育てなり、何かを成し遂げるエネルギーを生み出すために
とても大切なのかもなーって。
「やると決める」ことも「覚悟」を持つことも
マインドという見えないものだからこそ、揺らぎやすいし難しい。
でも、結局、それができた人と、ぐずぐずゆーてできない人との差は
結果に現れるのだろう。
片付けをするぞ、という覚悟も、
これまた同じこと。
ううむ。耳が痛いのう。
覚悟できるかどうかも、結局「自分への信頼」のある無し、に左右されるからなあ。
で、信頼は「やった経験数」により構築される。
つまり、行動なんだ。
目標を決めて、行動。昔から言われてる王道の道だよね。
結局そこかー。
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