癖毛な私を受け入れる。
こんばんは‼️
倉庫の2階を片付けて、おばんざいスナック開業を目指す
徳島お片付け研究所所属 エクリュプラス竹内真理です。
私は昔から、ちょっとした癖毛がコンプレックスで
まあまあな頻度で縮毛矯正をしてたのよ。
美容院帰り、まっすぐでサラサラな髪になったらめちゃ嬉しいけども
伸びてきたらだんだん根元が立ち上がり、
「かまやつひろし」みたいになるのが許せなくて
数ヶ月に一度の矯正のサイクルから抜け出せなかった。
歳を取り白髪が増えたら、
ヘアカラーも必須になり、
美容院代に結構お金をかけてきた。
だから
時間が経ち、ベストではない髪になってくると
自分を鏡で見るのが耐えられなくなる。
これ、今から思うと
ちょっと「整形依存」に近い感覚なのかも知れないな。
「作られた美しさ」に依存する的な・・・。
でも、
以前にもちょっと書いたと思うが
この「白髪染め」と「縮毛矯正」のダブルパンチで
私の髪はどうやら限界を迎えたらしく
ついに前髪が薄くなってきてしまった。
(もちろん年齢のせいでもあるが)
いやー、この剛毛の私が
まさか薄毛に悩むとはねー。
で、意を決して「脱・縮毛」を決意したというわけ。

これは2025年ごろの私。ストレートロングしか選択肢がないと思い込んでいた。
もちろん白髪染めも、ヘアカラーからヘアマニキュアに変更。
(グレイヘアーも考えたが、難しくて諦めた)
伸びてきた癖毛をロングヘアーの重さで抑えるような作戦も
半年たったあたりでボブぐらいに切り、
一番癖の強い襟足が見事にぐりんぐりんに育ってきたので
その癖に合わせて、
ついに最近
全体的に表面パーマをかけてもらった。
ストレートロングから、ふわふわミディアムへ。
自分的には大変身なわけよ。
(変身後の写真はまたいいのがあれば載せるね。)
丸顔で頭大きめの私が、
ふわふわミディアムなんて、
さらに頭デカくなりそうだと思っていたが
「縮毛矯正サイクルから抜けたい」という決意の方が強く
なんか、すんなり受け入れることが出来たし
結構まわりにも好評だ。
「これじゃないと似合わない」とかいう思い込みって、
本当になんなんだろうな。
もっと自由に、
あれも良いけど、
これも良い、みたいに
色々と楽しめる今が、とても気分が軽い。
この「完璧性を求めちゃうマインド」を
いかにいろんな場面で手放せるか・・・が
なんか大切なのかもなーと最近は思う。
私の場合、自信がない分野ほど、
完璧という鎧でガチガチに固めないと
自己否定で自分が消し飛んでしまうような恐怖を感じる・・・というと
なんか言い過ぎかも知れないが
事実、そんな感じだったわけ。
でも、歳をとってからはだんだん
「70点くらいの自分でも、力が抜けてて素敵」くらいの
気持ちになれるようになってきた。
これは本当に嬉しいことで、本当に大きな変化だ。
髪型は顔の印象を大きく左右するから
多くの人がこだわってしまうのは仕方がないし
みんな髪色とかめっちゃ変えたりするよね。
私も、縮毛矯正という技術があったからこそ
助かったことも否めない。
でも、まあ・・・
正直、本当は
体にも環境にも、
よくなかったんだね・・・。
たとえそれが短期的な幸せでも、
魔法のように変わる「綺麗」を得たい人間の欲は強いが
それは今は
みんなが同じような価値観で
美醜の尺度を持っているからであって
おそらくそれは、商業的な意図が隠された
「作られた価値観」である可能性も、あるような気がしてるんだ。
派手なヘアカラーの流行も
過度な痩せ信仰も
潔癖なくらいの脱毛ブームも
美白やシミ取りも
みんな裏側に商売が絡んでいる「情報の洗脳」であるとしたら
うちら、まんまと乗せられてるじゃないか。
腹立つわー。
とはいえ、最近はそんな「押し付けられた美の価値観」から抜け出す若い人も
結構出てきているし、私としては素晴らしいなって応援してる。
だから、おばさんとしても、
ちょっと「ありのままの自分」を
受け入れる勇気を持ってみようかなって思ってね。
誰もが個々の持つ
自分らしい美しさを
見つけることの方に価値を見出せるようになればいいな。
そして今日も
「どんどん自分が好きになる。」
こんな呪文を、毎日自分にかける。
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